国家資格公認心理師の受験

今年から、国家資格として公認心理師の試験がはじまります。
受験するつもりで、高い講習会のテキスト2冊と受験料を払ったのですが・・・・。
受験しないことにしました!
学部レベルの試験だから受験するまでもない。という訳ではありません。
国家資格を取ることで、私の生き方と行動に制限がかかることが判明しました。
資格取得でこのような自分に鎖をかける必要があるのだろうか・・・。
教員が国家資格公認心理師の試験を熟考する理由を以下に挙げます。

公認心理師を取ると呪いがかかる

一度とって返納したとしても、公認心理師に一度なってしまうと辞めた後も責任が問われ続ける。
公認心理師を返納しても、その後の行動に制限がかかるような記述が・・・。
大丈夫でしょー。と周りはいいます。
でも、昨今の不寛容な時代ではハイリスクです。 
セラピーやカウンセリングを受けに来る人の割合として、病的水準まですすんでいる人は多いと思います。
気持ちが疲れて相談しに来る人が多いからです。
また、学校の現場は、疲れている保護者や子供もいるでしょう。
疲れているときはつい攻撃的になったり、人を妬んだり・・・。
この状態でお会いすると私自身も相当身が削られます。
保護者の方もしくはクライエントさんも元気なときなら、学校の教員にいわれようとカウンセラーにいわれようと、自分の意思ではね返せる言葉。
でも、疲れているときは意図しない方向で受け取ってしまうこともあります。
このときに、原因の帰属を学校の教員・臨床心理士に向けることがあります。この責任転嫁を通じて、自分の問題に気がつくと相談される方が変わっていくこともあります。
この過程がクライエントさんにとって苦しい。
てつい相手を責めてしまうことがあります。
これが大人の場合は訴訟などになるでしょう。
セラピストークライエント関係で起きているので圧倒的にセラピスト側が厳しい立場。
臨床心理士ならば学会の規定ですみますが、国家資格なら法律を基にした責任になりそうです。
学校教員として仕事を続けにくくなるリスクが相当高いと感じます。

自分も周りも幸せになるためにある資格がいい

私は気持ちよく人生を送りたいので、このような資格を取ることで訴訟リスクを考えて生きなくてはいけないのはごめんです。
税理士などのミスとこころの問題のミスが同列の法的拘束力なんて信じられない。

4万円捨てます。心理学は子供に寄り添うためのツールの1つにしかすぎない

払い込んでいた受験料とテキスト代4万円弱を捨てることにしました。
原点は、困っている子供に寄り添いたい。
資格のために振り回されたり、言動に制限がかかったりすることが頭にあって本当にかけてあげる言葉がかけられないなんて、本末転倒なことはしたくありません。
臨床心理士資格も同じです。
もしも、この資格があるがために、子供にかけてあげる言葉が私の本心から離れるのであれば、ただちに捨てます。
国家資格・・・、聞こえはいいですが、私の生き方とこの資格は相性が悪そうです(涙)。

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