朝4時大都市にて

 東南アジアのような熱気に包まれた朝4時。汗だくになって目覚めた。シャワーで汗を流して、電車に乗りこむと日本人の若者と数人鉢合わせた。旅行にでもむ可能だろうか。大きなスーツケースを大事に抱えながら寝込んでいる。数人はこれから向かう観光施設について話をしている。
  私は、ノートパソコンを開くとそこには大学の恩師からのメールが届いていた。海外派遣の時程だ。心が弾む。海外に教えにいく。海外教育を見聞することには慣れていたが授業の主体者としては緊張は拭えない。ふと、目をやると海外の若者の出勤をする姿が目に見える。
この街も外国の人が増えたな。
先日届いた英語の名刺をふと確認した。
名刺には。教員とは書いていない。住所も書かずURLアドレスが書かれているシンプルな名刺。
お気に入りだ。
派遣国の教育状況を確認しながら、ふと先ほどの働く外国の人に思いを寄せた。
「今、幸せですか?」こう問いたくなった。
派遣国の人たちは、日本で1年仕事をすると、5ー10年分の稼ぎになるという。
彼らは、英語に母国語に日本語、3ヶ国語話せるのが普通だという。
私は日本語で精一杯だ。日本の若者が英語一つ身につかないと嘆きながらももらっている給与。それに対して日本以外の国に生まれただけで、「3ヶ国語話せるだけの労働者」として安い給与を受ける人たち。このギャップの大きさを電車で感じた。

朝5時 喫茶店にて

大きな声で騒ぐ若者とぐったりした水商売風の方が仕事の愚痴を報告する喧騒の中、席に座った。
「いつもの」
いつも頼むのは、パンケーキとコーヒーのセット。
愛想のよい中年女性が笑顔で応じる。
ほどよく焼きあがったパンケーキが運ばれてきた。
厚みのあるパンケーキをサイコロの目状に浅くナイフで切り込みむ。その上にバターをナイフで切り分けて、ハチミツをかける。
表面積を増やすことで、染み込みを最大化するのがいつもの儀式だ。
染み込ませることに楽しみを見出すささやかな朝食。
海外向けCVを確認する。
「環境の賞の受賞」
派遣国での授業の概要は決まっている。しかし、単なる授業ではなく、その先にある単純労働ではない母国でも活躍できる労働ができる技術がないかと思案する。
Jetro,総領事,経済局,青年会議所あたりと連携を組めれば面白い。
発想は豊かに広がるが、目前の仕事である教育論文に取り掛かる。
昨年度の複数の論文と自著の著作に続き、今年はあと数本書ける。
私は、教育論文が苦手だ。
主観的だし、再現性において厳しいことが多い。
もはや、教師の捏造ではないかと感じる論文が多く「読み物」として感じる。
読み物とするなら楽しい。
統計も使われていない、カウンターも取れていない。せいぜいt検定しか用いない。どこに科学性があるのだろうか。グラフばかりの代表値を眺めながら、それが統計的に有意であったのだろうかと疑問に思いながら教育論文を読む。
むしろ今年は、少し読み物風にアレンジして出してみよう。
短期大学でもなることができる教員の世界では、読み物風のほうが好まれるのだろう。あるいは、授業案がいい。そう思いながら、仕事を進めた。

朝6時 仕事仲間からメッセージが届く

 「華丸先生、起きていますか?」Kさんからメッセージが届く。彼は、昼に教員として働きながら、夜に大学院に通い博士号を取得しようとする20代の若者だ。
「おはようございます。」私は短く答えた。
「論文が一息つきました。」Kが再びメッセージを届けてきた。
私は、少し冷めたコーヒーを飲みながらモニターに映る論文の文字を眺めた。
Original Paperか。
統計を駆使した原著論文を5年がかりで完成させたK。
大学院修士課程で、悩んでいたときに背中を押したのは私だ。
数年前の早朝。Kからの相談に、普段ならセラピストとして身につけた相づちをうってお茶を濁そうかと思っていた。
しかし、このときは違った。
Kは、地道に成果をあげようと努力している。
このセラピストとしてのkに対する分析が確信に変わったとき、私は口を開いた。
「基礎研究を含めた研究をしている博士号を授与できる資格のある大学教員を選びなさい。」
「基礎研究のみならず、実践研究を統計を含めた研究の論文実績のある大学教員。」
「そして、博士号を授与させた経験のある大学教員を選ぶこと。」
学部の指導教員を考えていたKにとってそれは衝撃だったようだ。
「心当たりの先生を教えてください。」
かねてより、意中の数人を紹介した。
Kは丁寧に面談をこなし教育指導計画を作成し大学院に進学した。

朝7時 2つ目の喫茶店にて

 喫茶店を出た。汗が流れ出た。天気予報によると大都市では1週間猛暑となるようだ。
駅前に向かうとそこには、行き交う人たちの姿が増えていた。
 派遣国の若者に対して支援できるアプローチはないのだろうか。
そのことをまた考えながら馴染みのもう1つの喫茶店に向かう。
ここは、大都市のビルの上層階にある隠れ家。
お店につくと、いつものドリンクを飲み一息ついた。
今年の暑さは体に応える。新興国に派遣されるとなると暑さになれなければいけない。
日本人学校ではない新興国の学校ではクーラーなど望むべくもない。
駐在派遣員ばかりの楽勝日本人学校と現地学校の隔絶した貧富の差は、自分が特権階級にいるかの勘違いをおこしてしまう。私がこの勘違い日本人教員になる可能性がある間は、日本人学校にはいかない。
 涼しさ、排気ガス、所得の向上。これらは、科学、金融教育の出番が多い。
そう思うと、現地の小学生から学ぶといいことについて思いが巡る。
実験としては、この実験を通じて将来の科学者としての素質を養う実験がいい。
金融教育は、家庭教育と密接だからむしろ現地教員や大学の学部生が適している。
構想が練り上がり、派遣国での実際の実験手法と実験手続きを書き進める。

朝10時 繁華街の社交場にて

 ここは、社交場。夏の暑さと休みを満喫するために子供と大人が入り乱れて、休日をただのんびりと過ごす場所。
外国の人が増えたな。
 数年前訪れたこの社交場では外国の人は少なかった。外国人の方が家族で来ている。日本人より裕福そうな身なりである。
観光というよりは、日本で生まれた日本人として生きていく子供たちなのかもしれない。いい車に乗っている。ふと従業員を見ると数年前訪れたときと同じ日本人の若者だった。美しい容姿で忘れようがない。しかし、今みるとどこかみすぼらしい日本人の若者だった。髪型は自然な韓国風、スタイルだっていい。でも、どこか衣類が安い。表面見はいいのだが、みすぼらしさを感じたのはなぜだろうと考える。気のせいなのか浮かばないフェルトセンスを感じていた。
彼はカタコトの英語で外国の方に「next next」と答えていた。
3ヶ国語話せる派遣国の人と比べるまでもない。ひょっとすると大学でも勉強がおろそかなのかもしれない。大学生としてなのか就職としてこの施設を選んだのかはわからない。
生産性の低い単純な仕事で、この場所で輝くには相当の度量と工夫が必要だろう。
仕事に対する熱意は感じようもない。
この社交場で働くということは、ここの集客が収入源である。ここから事業経費(人件費を除く)、株主への利益還元、役員報酬、社内留保が引かれた中から人件費が決まりそれを多くの人数で取り分ける。給与はどだい大きく変わらない。
そうなると評価システムなんて機能しようがない。評価システムは、労働者が奴隷として縛り付けるためには機能している。給与に上限が決まっていれば、生産性を高める目的など果たしようもない。評価システムは、労働者が労働者同士を見張る隣組としての機能になっている。つまり、職場で同じように動き似た生活サイクル、人間関係さえ制覇すればあとはサボり放題。おおよそ、仕事の生産性を高めないこの評価システムは若者に見破られ、手抜きを覚えさせている。職場で同質性さえ保てば楽に働ける。社会の裏をかいたつもりが、自分の能力の向上と機会費用を大幅に損ねている。

朝11時 いつもの休憩所にて

 ここは、いつもの休憩所。少し休むには適している。
また派遣国への思いが巡りだした。評価システムといった監視システムで仕組みを組んでもうまくいかない。罠のような社会の仕組みについても示唆しよう。関心をもつ人には、ちょっとした助言を与えよう。あのときのKに伝えたように。
日本での豊かな暮らしを夢見て訪日し、大きな中抜きをされるという奴隷のように働かされている報道。
それをうっすらと耳にしながらも、見て見ぬふりをする教員や地域の人たち。
うっすらと知りつつ、手を差し伸べて自分が苦しむよりも
「私が、嫌な思いをするわけではないから」の一言。浮いた時間で、あの有名観光施設に数多く行くことを休みの目標にしてしまう人たち。あぁ、あの社交場の評価システムと同じだ。
目立たない騒がないみんなでサボる同質性だ。
確かに、子供の先を見据えて考えるより、休みの日は休みと割り切れるほうが健康にはいい。
見習うところではあるが、やはりそこには何とも言えないフェルトセンスを抱えた。
反面、教員でかたまって講座に行って、「・・先生がすごい。」というカルトな会も苦手だ。
子供が一番知っている。そのような講座を年中しているカルト教師がいい先生であろうはずがない。そもそも子供と一緒にいない先生が信頼できようがない。お利口な子供達は、ただ先生が自分のために動いている訳ではないことを知っている。子どもを教えるという本来の目目的と、うまい授業をするという数多ある方法の1つという目的と方法が入れ替わっていて、自分語りの作文、授業を行う。子供がそんな先生に付き合ってくれている。
  目の前にいる子供は、ただただ教師の身勝手な行動に耐えてくれているのである。だから、少しでも側にいて話を聴こう。そう思う。
真昼の日差し午後1時 偏った人生は苦手だ。だからこのライフスタイルになった
 自分が最後を迎えるときに、人気観光施設を楽しみに通い詰める。そんな観光施設に操られる日々。それが楽しかったと思う勘違いで終わるのは私は嫌だ。一度きりの人生。できるところは取り組んで、そして享楽的な観光施設もほどほどに楽しみ、将来の若者を日本人に拘らず世界へと手を広げていこう。と気持ちを大きくもち、外に出た。
大きなセミの鳴き声と鬱蒼とした蒸し暑さ、元気に行き交う人々の中、街を離れた。


私の仕事の雰囲気を味わえたでしょうか。フィクションです。