小学校教員、臨床心理士の華丸先生連絡帳

成果を明確に出せる人になれるブログです。教え子も、有名大や最優秀賞受賞などの夢を叶え手応えを感じている中堅教員です。 自身も大学院を出て臨床心理士、文科省海外派遣、受賞多数、研究費獲得、大手出版社での出版経験を持つ。 教員の仲間を博士号取得の高みに到達させつつあります。 華丸先生の近況は、金融庁推進の積み立てNISAを自身が体験した上での金融教育(投資教育)の展開を推進中。

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教え子も、有名大や最優秀賞受賞などの夢を叶え手応えを感じている中堅教員です。
自身も大学院を出て臨床心理士、文科省海外派遣、受賞多数、研究費獲得、大手出版社での出版経験を持つ。
教員の仲間を博士号取得の高みに到達させつつあります。華丸先生の近況は、金融庁推進の積み立てNISAを自身が体験した上での金融教育(投資教育)の展開を推進中。

カテゴリ: 教員の日常

Twitterの投稿より

ふっちょさんのツイッターにて以下の投稿がありました。
 
通知表を渡す段階になって、教員の暴走が始まった

「クラス全員に一人ずつ手紙を書く」「学級の思い出のDVDを作る」「撮りためた写真で一人ずつの思い出アルバムを作る」

その中で通知表を入れた自分に同僚が

「子供を大切にしていたら、自分にできることを精一杯するはずなんだけどね、寂しいね」
引用終わり

昔は、教員の暴走なんて思いもよらなかった理由

 昔は、地域に骨を埋めるぐらいの滅私奉公を求められていたのが小学校教員の世界でした。
私の経験した職場の話ではありませんが、各市町村の情報を総合してフェイクし書ける範囲に留めておくと以下の例がありました。

例えば、地域行事は絶対参加。絶対というのは、参加しないと職場での居場所がなくなるという同調圧です。勤務時間後に地域の児童館で何時間も教えに行く。お休みの日は、何らかのデモに参加する。その代わりに飲み会がつく。飲み会さえ開けば、労をねぎらったことになりそれでオッケーのノリが状態化していました。
教育を安売りせざるを得ない若者には、厳しい背景がありました。
教員になれない時代が長く続いていました。なるためには滅私奉公、何でもする人しか採用されませんでした。安売りですね。私は、この滅私奉公する安売り教育を教育ダンピングと名付けています。
教員の労働資源を教育業以外、勤務時間外に実質強制する流れです。
ちなみに、私は若い頃は似た事例があっても当然のことと思っていました。

教育ダンピング(安売り)は結局全員の首をしめる

 ふっちょさんの衝撃の部分は、周りの先生から言われたという
「子供を大切にしていたら、自分にできることを精一杯するはずなんだけどね、寂しいね」
です。「私のことはほっておいてください」とは言えないでしょうね。
周りも同調圧の眼差しで非難しているように見てくる(ように感じる)。
私もこの状況が職員室で起きれば、黙視してしまうでしょう。どちらを批判するつもりもなく、成り行きを見守るでしょうね。

教育ダンピングが起きるからくり教師は手段が目的化してしまう

 教師修行とよく呼ばれます。教師の立場から清掃指導を考えてみましょう
極端な事例で、ツッコミどころ満載ですがお読みください。
まず、清掃を全員が一生懸命することを求めます。不公平感をうまないためです。
ここは何となくわかります。
次に清掃を一生懸命するの指導から、教師はエスカレートして「黙して清掃に取り組む。」を目標に掲げます。集中して掃除をする。禅寺の掃除も修行のうちのイメージでしょうか。
最後に、掃除を徹底するがエスカレートします。「素手でトイレの便器を洗う。」
もう見た目にも子どもに強制させる姿にせよ地獄です。
子どもに「清掃はいいこと=だから公衆衛生を無視した幼稚な素手掃除」が当然のようにまかり通る。
素手でトイレ掃除をさせる先生は熱心であることが多いですから(指導の行き過ぎの着地点のようなもの=十二分に子どものことに干渉できる人)、周りの先生も臆して言えるはずがありません。
強制していく教育がここに極まるのです。
パワーを持っている教師はこのパターンがあります。パワーをもちたいなら、掃除を徹底すれば周りの先生にマウンティングできます。私は全然おすすめしません。

では、掃除について、このような考え方はどうでしょうか。
自ら進んで子ども達は掃除をしなくてはいけない。一見問題がなさそうですね。
ここにも危険があります。「掃除をしなくてはいけない」=まずは自分が一生懸命清掃する!に変化する。悪くなさそうに見えますね。
教師が率先して掃除をする必要がある。
本来は、業務時間内、かつ清掃時間内に掃除を仕上げることが大切です。
ところが、掃除が目的になっている教師は、ひたすら掃除を行いマウンティングを取ります。
忙しい先生方にとっては、掃除で指摘されると言い返せませんから、同じ行動を取るか従うかを迫られてきます。
これ以外の行動を取ると言い返せない感じで暗に批判されるでしょう。
周りに自分が上位の人間だと錯覚させることができます。
こうして「教室をきれいに保つという目的から、掃除をいつも行わなくてはいけない。そのために、本来の業務や勤務時間を違反してでも掃除をする。」という、業務や勤務時間を違反してでも自分が熱心に教育に取り組んでいることが目的にすり替わったことにすら気がつかないのです。
教師修行ですよね。自分がまず勤務時間外もまじめに掃除していく。
否定しているのではなく、「子どもに指導をしているのではなく、教師という自分が修行をしているのであって、子どもを伸ばす教育が目的ではなくなる。」可能性に気がついていますか?
周りの教員も、これに同調しなくては熱心な先生ではないとみなされるでしょう。教育の安売り、教育ダンピングといえます。

教育ダンピングには乗りませんが、手間ひまをかけて、よいところどりをしましょう。

ただし、私はこれを見越した上で、この熱心な教員の教師修行のよさと子どもへの指導のいいところどりをします。
自分は、清掃時間は丸つけは極力せず一緒に時間内は掃除をします。子どもにも掃除時間内は掃除と割り切って掃除をする。サボったときは次に気を付けるよう指導をします。
教師修行の黙って徹底的に掃除という一律指導より指導の手間が増える方法ですが、子どもに理由を聞いてひとつずつ解決する方法をとります。
徹底清掃の機会は、学年末の大掃除でもできますよ!

教育ダンピングは教師自身の首を締めていく

 この教育ダンピングは、管理職の先生たちによく見られる傾向です。彼らは滅私奉公し続けて校長、教頭の地位を得ていきます。人より頑張ると時には時間度外視で働いてしまうものです。地域行事の参加、理不尽な要求に耐える。清掃指導なんて、熱心な管理職の先生なら率先して掃除をすることで好印象を得たことでしょう。
 彼らの会合は、経費で落ちません。自費で会合のお金を支払い続けます。地域でコンプライアンス違反のお金を支払うことも多々あるはずです。きれいに生きようと思うと上にはあがりにくいものです。どの組織でも気がつかないフリができるのも大切なこともあるのでしょう。
つまり管理職で本来得られるべき報酬が「名誉職」の名の下にどんどん自腹を切らされるのです(支払いが増える=付き合いが増えるともいいます)。
極めつきは定年延長です。校長職につける期間は短いことが多いものです。
人間ですから、定年後も権力を保持したいでしょう。管理職とはそういった人でないとそもそも受験しないでしょう。管理職から美談や綺麗事はたくさん聞きます。いつも思うのは、管理職にならずとも指導している目の前の子どもに指導できることは宇宙の果てほどあるのに、あえて教員の管理、学校運営(しかも、中間管理職のため裁量が少ない)に就くのだから、それはそれで堂々と言えばいいのに・・・と思います。管理職の嗜みとして表では美談仕立てにする必要もあるのでしょう。

さて、この定年延長になると現役時の給与の半分になります。新任教員に近い給与で校長職に就く場合も多いものです。総人件費で見ると、管理職の給与が半減します。経営面で見れば、退職管理職を残しておくことの経営的メリットは甚大です。つまり、給与半減でも働きます!という管理職のために教育の安売りが維持されるのです。教育ダンピングとは恐ろしい。

管理職の自分の首をしめる教育ダンピングは後進の先生を大いに苦しめる

一番の問題は、市場原理に偏りすぎた行政の問題があります。
退職管理職が居座りつづけ、給与半額という教育ダンピングをする経験豊富な管理職。
かたや新人管理職で未経験、給与は2倍とる。
経営的にどちらを採用しますか?
間違いなく前者です。
こうなると、いつまで経っても後進の管理職の先生方のポストが空きません。

労働を市場に任せる(資本主義に任せる)とどうしても労働のダンピングがおきます。
昔は組合で守られていた(利権維持ともいわれましたが)ことが、今や守る力が弱まりお上の意思通りになっています。私は組合を支持するわけでも、お上を支持するのではなく、目の前の子どものために自分のできることをするのみです。

子どものために熱心にDVDを作り続けた先生は、労働時間も長いでしょう。長くかけた時間だけ、保護者ウケもよいでしょう。従って、教育ダンピングを取り続けるほど管理職になりやすく、この安売り構造は維持されていくことでしょう。

華丸からの教育ダンピングによる提案

さいしょのふっちょさんのつぶやきはこれからも教育現場でずっと起きるでしょう。改めて投稿を見てみます。
通知表を渡す段階になって、教員の暴走が始まった

「クラス全員に一人ずつ手紙を書く」「学級の思い出のDVDを作る」「撮りためた写真で一人ずつの思い出アルバムを作る」

その中で通知表を入れた自分に同僚が

「子供を大切にしていたら、自分にできることを精一杯するはずなんだけどね、寂しいね」
私は、全部取り組んだことがある実践です。今年も時間がありましたので取り組みました。
急に暇ができて、思いつきでこういった取り組みを強制しようとする教員に対しては、伝える場合もあります。
「思いつきで急に金銭や時間が膨大にかかることを言わない!」
すごく不満顔になるでしょう。

時間があるときなら、私は次のように対応します。
「1年の思い出のカードを作りましたので、学年分用意しておきました。よろしければ、使ってください。」
みなさんの個々の状況の中で関わりにくいと感じている人になら
「私は、・・・を作ろうと思って用意しました。今年は私はこの実践をするつもりです。印刷すればすぐ使えるのを先生方のお机の上におきました。またお時間があれば使われるか、来年度以降機会があれば使ってください。」

自分の身勝手や思い込みのエスカレートで、教育ダンピングしたくなることは私は、あります。
だからこそ、他の先生方への負担が最小限もしくは、負担にならないように自分が責任を持って用意をして配れば終わるまでダンドリをします。それができないなら、私は、この教師修行、手段の目的化はしません。
 
大切なことは、どの立場にいる人に対してもあまりきついことは言わないことです。
私も厳しいことを言うことがありますので自戒のための作文として本記事を作成しました。
登場する事例は全て虚構で関連する団体すべてフィクションであることをご理解ください。 
私は、毎日平和で楽しい教師ライフを過ごします。皆様もそうなりますように! 

スマホで確定申告って楽すぎ!

企画投稿記事です。
これまでは、ICリーダーを取り出してきて、PCの画面でOSのアップデートにChromeのバージョンにソフトを導入してやっとスタートライン。1年に1回だと推奨環境が変わりすぎていて、e-taxできたけれども経過状況のメールの詳細を見るのにまたe-taxにてひとてまという地獄でした。
ところが、平成31年1月よりスマートフォンで確定申告ができるようになりました。今年はスマホを使って確定申告をしてみました。やっぱり楽になったところを知っておけば、まだ申告していない人も来年の申告も参考になるでしょう。
zei_kakuteishinkoku

準備するもの

源泉徴収票
控除関係の書類
マイナンバーカード(役所で徹続きをしますので、おはやめに)

マイナポータルアプリ

 e-tax アプリ

1.アプリの準備をする

マイナポータルアプリとe-taxアプリのダウンロードと設定の準備をします。この設定や登録に少し時間がかかります。マイナポータル上の「もっとつながる」ボタンから、マイナポータルとe-taxをつなげる設定をします。
iphoneなどのios版

Android版です。


2.確定申告書作成コーナーにスマホでアクセス

ほぼパソコン上でやるのと同じ作業になります。
今まで自宅の机でコツコツ確定申告書類を作っていたのが、ソファーやカフェで確定申告書類を作成できるのは、楽!少しずつ埋めていく。一気には疲れますから。
スマホに適した画面のときもあれば、パソコンの画面がそのままスマホに映し出されるときもあります。ここは、改善が望まれますね。アプリの評価が低いこともわかります。
しかし、基本的にはQ&A的に答えていく流れですし、書き方も源泉徴収票と対応させて書いていけばおしまい!
5年間遡れますので、還付できる部分を源泉徴収票をもとに確定申告で取り戻すことにしました。
令和元年度分から平成27年度分まで過去のものもできました。これだけで数万円還付です。一手間は大変ですが、一度流れを覚えれば同じ作業の繰り返しです。確定申告しそびれて還付金を逃していた人はこの確定申告が延長された時期に4年分取り戻してみませんか?(5年分取り戻せるかはわかりません)

3.スマホ上で源泉徴収票や書類の必要事項を入力

源泉徴収票や関係書類を見ながら、入力していきます。スマホで操作するので、画面が小さいこともあり、少し入力がしづらいのかもしれません。パソコン上と画面は変わらないので、別段違う感じはしません。私はスマホに慣れているので、苦ではありませんでした。ということは、若い人から高齢の方まで、机に凝り固まって仕上げる必要がなくなります。

4.スマホでマイナンバーカードを読みとり

マイナンバーカードの上にスマホを乗せて、マイナンバーカードを読み取ります。その際、マイナンバーカードの暗証番号などが必要となります(署名用電子証明書・利用者証明用電子証明書など)。結構スムーズに読み取ってくれます。ICリーダーに入れて、反応をまって、マイナンバーカードの読み取りをまって、また待ってというあのパソコンでの地獄の作業とはオサバラです。

5.必要事項を記入したら、そのままスマホで送信

あとはスマホの指示に従って、送信までします。申告書はスマホ上にデータとしてダウンロードして保存しておくといいでしょう。そして、元になった医療費の領収書や確定申告のときに入力した資料は5年間は保存できるようにひとつのケースに突っ込んでおきます。来年も同じ流れです。

パソコンでの入力と比べると・・・

スマホなので手軽かなと思いましたが、入力方法などはパソコンと変わりませんので、これまで取り組んできた人には、場所や時間の融通がきくというメリット!画面が小さいので、操作が苦手な方は、大型テレビに映し出すといいですよ。書類はクリアファイルに入れて一式にしておくと、出先でも入力できますし、来年の確定申告のときも、そのまま使えます。パソコンのICカードリーダーも数千円かかります。申請をしても1万円も返ってこないのに数千円のリーダーを購入するのは・・・という人には最高の方法です。
何事も取り組んでみないとわからないものです。
投資も税金の申請も!




今、私は子どもに会いたい。それを抑えて徹底的に手洗い、うがい、人に近づかない

2月までに授業は十分に教えきる快挙を成し遂げたけれど・・・

 私ももちろん想像できなかった急な休業。今まで、子ども達と楽しく過ごしてきた日々が、突然終わりを迎えました。最近は、子ども達と会いたい思いがはちきれそうになりました。
職場でおしゃべりも悪くはないけれども、つい別の部屋で仕事の整理。
2冊目の本、原稿頼まれていた仕事を夜と年休にこなす日々。始業時間は掃除にお手伝い。
この数日は年休をとっても、ひたすら6時間カフェで原稿を書いていました。
学ぶことも楽しい!でも、子どもを教えてこそ価値がある。
蛍雪の時間と割り切っていたのもそろそろ限界です。

政府の対応はありだと思う。

首相が言った、専門家が言った
急すぎる
全員検査しよう。
いい放題の夜のニュース番組。
一理あります。
でも、小学校の先生はその斜め下をいきます。
真面目であることは間違いない。
ツイッターを見ていても、謎の教育屁理屈・・・。
いえいえ、もう少しエビデンスも必要と思います。
公衆衛生でも勉強すればいいのに。
「あなた、雀と同じ媒介者ですよ。」
パンデミック宣言が出た今でも、変わらない人は変わらない。
徐々に分かってきた新型コロナの対応もあります。
基本はこまめな手洗いと触った場所に留意すること。
ですが、このように状況が毎日コロコロ変わるときに子どもが学校に来るのは危険です。
まさに教師の力量というべき学級ごとの差が開くでしょう。
手洗いを見ていても、15秒はできれば30秒は流水でしっかり揉み洗い。
していません。アルコールをつけて手をもむのもいいでしょう。
でも、固定電話の受話器を毎回ふかない。
電話の前にアルコールで拭いているのを見れば、意識の低い人から見たら「潔癖症」「意識高い病」「嫌味かな」
「手をもう少ししっかりと洗ってください」言葉にしようものなら、揉めるでしょう。
私でもカチンときます。しかし、こういった怠りや自分は大丈夫という慢心するものが職場にいれば、かかれば一気に広がるでしょう。そこに子どもを含めてはいけない。

新卒の先生にも不安を抱く

大学を出たての先生はさらに人による差が激しいことでしょう。加えて4月から多忙な時期。
子どもを何年か指導しないと、子どもを第一に考えることは気持ちでは分かっていても、行動としてはわからないでしょう。
さらに気になることは、
自粛してはいけない病が陰で蔓延しています。バレなければ、ジムに行っていい、飲み会をしていい。
やはり危ない。若いときはそういうこと考えることもあります。職場の先輩に誘われたら断れるでしょうか?あの兵庫のいじめに似た状況がおきる。そういったお付き合いの中に曝される新卒の先生。
言い訳をたくさん用意して逃げてください。
「彼氏とケンカをしていて」
「緊張しすぎてお腹がいたくて」
「家族が病気で(高熱で・・・)」
嘘も方便です。
あなたやこれから教える初の教え子との出会いを最初からめちゃくちゃにしないように、今から気をつけましょう。2週間後に発覚です。うっかりとした過去の行動が、一生のトラウマになる後悔に変わることもあります。


スクラップ・アンド・ビルドの世界が私の日常を侵す。

実家に帰り、「早う死んだらよか」羽田さんの作品中の言葉が頭をよぎった。

私は、羽田圭介が好きだ。
第153回芥川賞受賞作となった、「スクラップ・アンド・ビルド」。

この作品の紹介は以下の通り。
「じいちゃんなんて、早う死んだらよか」。

ぼやく祖父の願いをかなえようと、孫の健斗はある計画を思いつく。自らの肉体を筋トレで鍛え上げ、転職のために面接に臨む日々。
人生を再構築していく中で、健斗は祖父との共生を通して次第に変化していく――。

瑞々しさと可笑しみ漂う筆致で、青年の稚気と老人の狡猾さを描ききった、羽田圭介の代表作。 

新しい家族小説の誕生を告げた第153回芥川賞受賞作 
amazon著作紹介より引用
  新型コロナウィルスによる大混乱が少し落ち着いたこともあって、年休をとった。
 実家では、母親のんびりと過ごしている。「スマホの操作を教えて」「録画するにはどうしたらいいの?」
矢継ぎ早に聞いてくる。これで、話は止まらない。父親がありえないほどに食べることを馬鹿にする。
父の食事量が増えるのはそうだろう。
20代、30代の若者に混じって対等にフルタイムで仕事をしている。 
よくもまぁ、これほどパートナーの話題に事欠かないものだ。
「・・・は、私が払っている。」と母が言った後、 
「甘い」と私はしずかに、はっきりと伝えた。
私が苦手な女性のタイプだ。
職場でも、この手の人に辟易としている。人には頼るけど、感謝がない。
見えていないところ、気がつかない(或いは気がついていても無視している)ふりをして、相手の悪口をひたすら伝える。共感が欲しいのだろう。嫌われてもいい。寄り付かないことにしているあのタイプの人だ。
先ほどまで、ケーキを手にしていた母のフォークが止まった。 
母は元来、とても優しい性格でそれ故に仕事場でも利用されやすい立場にあった。
若いアルバイトの男の子に人気がある、目立ちもはっきりした顔立ちで、しかも底抜けに優しい。
 「どうしてこうなったのだろう」かって母に抱いていた像が大きく揺らぐ。
ついこの間も、老人ホームに通っていた女性が、見すぼらしい服装をしていたことを見かねて服をあげたという話をしていた。服をもらった女性が貧しいわけではない。むしろ私たちより裕福だ。

 聞けば、老人ホームの洗濯の曜日が決まっている、服を買いに行くにも出かけることに制限があり、思うように買いに行けない。食事が冷たくておいしくない。たくさんの高齢者を見ている中の一人に過ぎないので、ワガママは一切聞いてもらえない。

結局は愚痴だったのである。母は、貧しくとも体が不自由でも自宅で好き勝手に生きている。
「できなくても、私はできることで楽しむの。」
それを聞いた女性は、「あなたみたいに不自由な立場でも、私よりは自由だわ。」とついに老人ホームを退所するに至った。
そんな彼女を母は、退所を勧めるわけでもなく「なければないでいいじゃない。歩けなくてもいいじゃない。できる範囲で楽しみましょう。」そんな笑顔で切り返していた。
 
 若いアルバイトの子が仕事に就けなかったときもそうだ。「一緒にまた働けて嬉しい。」優しい言葉といつもと変わらぬ様子。
私の中では、そんな母であった。

職場と学校、家だけで過ごすと、自分の変化に気がつかない

 自宅で父への軽蔑。生活費も私が出している部分がある。
私は聞き返した「家賃を払わなくていい立場、修繕も材料費だけでしてくれている。人件費は1日1万以上かかる。」多分、母はこういった理詰が嫌いだ。
しかし、本音もしっかり伝える。
「 父へ感謝しろとは言わない。しかし、ハードすぎる仕事を辞めようか迷っている父に対してその態度を取り続けたら、来月には毎日父親とずっと四六時中過ごさなくてはいけなくなるよ。」
父は、ある分野の専門家である。たまに弟子入りを志願されるほどである。それほどの人間であっても、生活のために不自由な体をものともせずにフルタイムに働いている。だが、陰口を叩かれている。
確かに父は潔癖症であるし、片付けに及んでは徹底するタイプである。
ていねい性質なのである。
先ほどの、私が帰宅するなり矢継ぎ早に聞きまくり、愚痴を言う、これまでの母と違う姿を見れば、父親は「ボケた」と呟くだろう。
「老いた」とは言わないだろう。
私は母に
「今のように気ままに寝たいときに寝てごはんを作りたいときに作り、テレビや習い事に興じる。これは天国だ。」
もしも、父への馬鹿にした態度で日々過ごし、仕事を辞めようとしていることを、他人事として放置するなら、地獄行きだ。
母はキョトンとした。
「父親に四六時中監視されているような状態になる。そして父親もあなたの根城としての言動に、居心地の悪さや仕事をしていたノリであなたを批判するだろう。それが、毎日続く。耐えられるはずがない。」
そこまで指摘してようやく顔色を変える。
「髪を切りに行くことでもブツブツ言うのに・・・。彼は自分で散髪しているから・・」まだ、馬鹿にした口調だ。
「問題は、家に夫婦で四六時中いることになることだ。できれば、父親には同窓会長でも・・の名誉職でもついてもらって、一日でも家をあけてもらう。そうすれば、息抜きができる。」
いきなり夫婦で24時間毎日なんておそろしい。
「川口さんもそれで奥さんがノイローゼになっていたわ。私もなるのかしら」
それは知らない。
「まずは、自分がこの天国の状態を少しでも維持できるように、父親に仕事にでかけてもらうほうがいい。」
「そうねぇ。」
ようやく自分ごとで考えられるようになった。
「父親がいなくなれば、いなくなったで修繕や家のことなど気が付かずにしてもらっていたことしないといけなくなるよ。」
「それは困る」
ようやく考え出した。
あぁ、結局自分のことばかりか。
「早う死んだらよか」羽田さんの作品中の言葉が頭をよぎった。
人をそんな風に言ってはいけない。学校ではそう教えるだろう。
「いや、そうではない。」
こう思うことはときとしてあるものだ。その感情まで押し殺してしまうのは違う。言葉にはせぬが、自分が何か汚れた人間のように感じ悲しくなった。
私も同じ状況になったとき、きっと彼女と似た言動を繰り返すのだろう。
年老いて、助けてもらうことが当たり前になり、日々変わらぬ日常に噂話ばかり、ときには足をひっぱりをする。
職場と変わらない。
自分の生き方は自分で変えなくてはいけない。

羽田圭介は、登場人物と重ね合わせて筋トレをする

 おじいちゃんの「はよう死にたい」の言葉を真に受けて、願いをかなえるべく、筋トレを始める。
羽田さん自身も筋トレ、鶏ハム作り(筋肉を作る)にはまっていた。そして、出版社の意向ではなく、自分のおもうような作品を作ることができるように、テレビでお金を稼ぎ、アメリカ株中心に投資をしていた。
飄々として生きているように見えた羽田圭介さんから私は現代に生きる若者の言葉にならぬ閉塞感や悩み、葛藤を感じ取る。

羽田さんの描く力で世にでた作品。一般的に、ネトネトとした本では売れないだろう。
羽田さんの当時の思いを投影した作品なのだ。
そう思うことにした。

「はやく死にたい」と口癖のように言う祖父。本音はもちろん違う。
長く生きること、生活が固定化、変わり映えがなくなる中で自分が老いてできることが少なくなってくる。母は、弱ったことを口走り、楽をしてやろうとする魂胆が見え透いている。
母も狡猾になった。
そして、狡猾さ故に自らの天国の暮らしを脅かしかねないほどの墓穴を今、彼女のありあまる時間で全力で掘り進めている。
人は、肉体の老いの自覚とともに精神の死に近づく。
新型コロナが蔓延し、注意喚起される中、感染した高齢者がジムに通い感染を広げる。肉体の老いを食い止める自分の活動とひとさまに対して考える力がついた言動が浮かばなくなる。
新型コロナに感染したと言いふらしながら、あちらこちらの店を行来する。これは、いわば精神の死だ。
もう他人がどう思うかと引き止めたり、考えたりするストッパーが彼の精神にも彼らを取り巻く人間関係にもない。
一方で、この報道に心を痛める高齢者もいる。
私は、肉体の老いを幾ばくかの運動で整えなくてはいけない。
精神の老いを、多様な人間と付き合うことで食い止めなくてはいけない。
そして、抗いながらも老いを受け入れていく。
生きているが故のエゴに気付きながらも、「死」について受容する準備をはじめよう。
学校教育では、タブーな「もう死にたい。」という言葉。言葉狩りの対象である。
いつか訪れる死に対しては、この身の回りに起きている死への受け止め「今の私の気持ち」を客観的に記録し、いつか父母と同じ年齢、状況になったときにもう一度振り返ろうと思う。

「そうならないために」 
ではなく、時間をかけて
「自分ごととして、自分の未来をよりよく変えていくために」
そのような思いを抱きながら、家を出た。
帰り際に、彼女の大好きなお菓子を買った。
私は、慌てて引き返して家を訪れた。
母親は驚きながら出迎えた。
「これ好きだったでしょ。」
私が彼女の好物を差し出すと、彼女はいつもの笑顔に戻った。
私も無愛想に突き出し、そのまま帰路についた。
私がかって知っていた母の笑顔を思い返しながら。
 
・本記事はフィクションです。自身の私的小説で妄想の記録であることにご留意下さい。

指に刺さったトゲは心臓まで行く?

 古い小学校の板目はボロボロで四六時中、指にトゲのように刺さっていました。
そのようなときに、小学校の先生が「指にトゲが刺さると放っておくと心臓まで届いて死ぬよ」ととんでもない言葉をいただきました。それから、ちょっと刺さっただけで大袈裟になって抜くことに必死になった覚えがあります。
 大人になり、やはりトゲが刺さると真剣に抜くようにしていました。さすがに、子どもに「指に刺さったトゲは心臓まで行く?」なんて恐ろしい話はしません。
でも、あの心臓がザワザワする気持ち悪い気分は、確かに小学校の先生方に言われたせいでした。

安心してください。心臓までいかないそうです。

皮膚にある毛細血管は直径10マイクロ・メートル。1マイクロ・メートルは、1ミリの1000分の1ですから肉眼では見えません。トゲが入るのは無理。万が一、比較的太い静脈に入ったとしても、静脈の弁にひっかかり、心臓まで行くことはないでしょう。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200307-00010001-yomidr-sctchより引用
 途中でひっかかるのですね。もう、本当に驚かせてくる先生が多かったのですよね。
トゲを残すと感染症のリスクが上がるというお話だったようです。

トゲを抜くときは5円玉か50円玉を煮沸しておく

 トゲを抜くときは、5円玉か50円玉を煮沸し、衛生面を確保。その後に、とげの刺さった指に強く、5円玉をとげが穴に入るように押し当てると、トゲが浮き出てくるようです。下の記事には、警視庁警備部災害対策課のツイッターに掲載されていたという話です。すごいぞ!警視庁!!



警視庁警備部災害対策課はとにかく役立つ情報いっぱいですね。
感動しました。思わずフォローしました!



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