小学校教員、臨床心理士の華丸先生連絡帳

成果を明確に出せる人になれるブログです。教え子も、有名大や最優秀賞受賞などの夢を叶え手応えを感じている中堅教員です。 自身も大学院を出て臨床心理士、文科省海外派遣、受賞多数、研究費獲得、大手出版社での出版経験を持つ。 教員の仲間を博士号取得の高みに到達させつつあります。 華丸先生の近況は、金融庁推進の積み立てNISAを自身が体験した上での金融教育(投資教育)の展開を推進中。

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教え子も、有名大や最優秀賞受賞などの夢を叶え手応えを感じている中堅教員です。
自身も大学院を出て臨床心理士、文科省海外派遣、受賞多数、研究費獲得、大手出版社での出版経験を持つ。
教員の仲間を博士号取得の高みに到達させつつあります。華丸先生の近況は、金融庁推進の積み立てNISAを自身が体験した上での金融教育(投資教育)の展開を推進中。

カテゴリ: 学級経営

Twitterの投稿より

ふっちょさんのツイッターにて以下の投稿がありました。
 
通知表を渡す段階になって、教員の暴走が始まった

「クラス全員に一人ずつ手紙を書く」「学級の思い出のDVDを作る」「撮りためた写真で一人ずつの思い出アルバムを作る」

その中で通知表を入れた自分に同僚が

「子供を大切にしていたら、自分にできることを精一杯するはずなんだけどね、寂しいね」
引用終わり

昔は、教員の暴走なんて思いもよらなかった理由

 昔は、地域に骨を埋めるぐらいの滅私奉公を求められていたのが小学校教員の世界でした。
私の経験した職場の話ではありませんが、各市町村の情報を総合してフェイクし書ける範囲に留めておくと以下の例がありました。

例えば、地域行事は絶対参加。絶対というのは、参加しないと職場での居場所がなくなるという同調圧です。勤務時間後に地域の児童館で何時間も教えに行く。お休みの日は、何らかのデモに参加する。その代わりに飲み会がつく。飲み会さえ開けば、労をねぎらったことになりそれでオッケーのノリが状態化していました。
教育を安売りせざるを得ない若者には、厳しい背景がありました。
教員になれない時代が長く続いていました。なるためには滅私奉公、何でもする人しか採用されませんでした。安売りですね。私は、この滅私奉公する安売り教育を教育ダンピングと名付けています。
教員の労働資源を教育業以外、勤務時間外に実質強制する流れです。
ちなみに、私は若い頃は似た事例があっても当然のことと思っていました。

教育ダンピング(安売り)は結局全員の首をしめる

 ふっちょさんの衝撃の部分は、周りの先生から言われたという
「子供を大切にしていたら、自分にできることを精一杯するはずなんだけどね、寂しいね」
です。「私のことはほっておいてください」とは言えないでしょうね。
周りも同調圧の眼差しで非難しているように見てくる(ように感じる)。
私もこの状況が職員室で起きれば、黙視してしまうでしょう。どちらを批判するつもりもなく、成り行きを見守るでしょうね。

教育ダンピングが起きるからくり教師は手段が目的化してしまう

 教師修行とよく呼ばれます。教師の立場から清掃指導を考えてみましょう
極端な事例で、ツッコミどころ満載ですがお読みください。
まず、清掃を全員が一生懸命することを求めます。不公平感をうまないためです。
ここは何となくわかります。
次に清掃を一生懸命するの指導から、教師はエスカレートして「黙して清掃に取り組む。」を目標に掲げます。集中して掃除をする。禅寺の掃除も修行のうちのイメージでしょうか。
最後に、掃除を徹底するがエスカレートします。「素手でトイレの便器を洗う。」
もう見た目にも子どもに強制させる姿にせよ地獄です。
子どもに「清掃はいいこと=だから公衆衛生を無視した幼稚な素手掃除」が当然のようにまかり通る。
素手でトイレ掃除をさせる先生は熱心であることが多いですから(指導の行き過ぎの着地点のようなもの=十二分に子どものことに干渉できる人)、周りの先生も臆して言えるはずがありません。
強制していく教育がここに極まるのです。
パワーを持っている教師はこのパターンがあります。パワーをもちたいなら、掃除を徹底すれば周りの先生にマウンティングできます。私は全然おすすめしません。

では、掃除について、このような考え方はどうでしょうか。
自ら進んで子ども達は掃除をしなくてはいけない。一見問題がなさそうですね。
ここにも危険があります。「掃除をしなくてはいけない」=まずは自分が一生懸命清掃する!に変化する。悪くなさそうに見えますね。
教師が率先して掃除をする必要がある。
本来は、業務時間内、かつ清掃時間内に掃除を仕上げることが大切です。
ところが、掃除が目的になっている教師は、ひたすら掃除を行いマウンティングを取ります。
忙しい先生方にとっては、掃除で指摘されると言い返せませんから、同じ行動を取るか従うかを迫られてきます。
これ以外の行動を取ると言い返せない感じで暗に批判されるでしょう。
周りに自分が上位の人間だと錯覚させることができます。
こうして「教室をきれいに保つという目的から、掃除をいつも行わなくてはいけない。そのために、本来の業務や勤務時間を違反してでも掃除をする。」という、業務や勤務時間を違反してでも自分が熱心に教育に取り組んでいることが目的にすり替わったことにすら気がつかないのです。
教師修行ですよね。自分がまず勤務時間外もまじめに掃除していく。
否定しているのではなく、「子どもに指導をしているのではなく、教師という自分が修行をしているのであって、子どもを伸ばす教育が目的ではなくなる。」可能性に気がついていますか?
周りの教員も、これに同調しなくては熱心な先生ではないとみなされるでしょう。教育の安売り、教育ダンピングといえます。

教育ダンピングには乗りませんが、手間ひまをかけて、よいところどりをしましょう。

ただし、私はこれを見越した上で、この熱心な教員の教師修行のよさと子どもへの指導のいいところどりをします。
自分は、清掃時間は丸つけは極力せず一緒に時間内は掃除をします。子どもにも掃除時間内は掃除と割り切って掃除をする。サボったときは次に気を付けるよう指導をします。
教師修行の黙って徹底的に掃除という一律指導より指導の手間が増える方法ですが、子どもに理由を聞いてひとつずつ解決する方法をとります。
徹底清掃の機会は、学年末の大掃除でもできますよ!

教育ダンピングは教師自身の首を締めていく

 この教育ダンピングは、管理職の先生たちによく見られる傾向です。彼らは滅私奉公し続けて校長、教頭の地位を得ていきます。人より頑張ると時には時間度外視で働いてしまうものです。地域行事の参加、理不尽な要求に耐える。清掃指導なんて、熱心な管理職の先生なら率先して掃除をすることで好印象を得たことでしょう。
 彼らの会合は、経費で落ちません。自費で会合のお金を支払い続けます。地域でコンプライアンス違反のお金を支払うことも多々あるはずです。きれいに生きようと思うと上にはあがりにくいものです。どの組織でも気がつかないフリができるのも大切なこともあるのでしょう。
つまり管理職で本来得られるべき報酬が「名誉職」の名の下にどんどん自腹を切らされるのです(支払いが増える=付き合いが増えるともいいます)。
極めつきは定年延長です。校長職につける期間は短いことが多いものです。
人間ですから、定年後も権力を保持したいでしょう。管理職とはそういった人でないとそもそも受験しないでしょう。管理職から美談や綺麗事はたくさん聞きます。いつも思うのは、管理職にならずとも指導している目の前の子どもに指導できることは宇宙の果てほどあるのに、あえて教員の管理、学校運営(しかも、中間管理職のため裁量が少ない)に就くのだから、それはそれで堂々と言えばいいのに・・・と思います。管理職の嗜みとして表では美談仕立てにする必要もあるのでしょう。

さて、この定年延長になると現役時の給与の半分になります。新任教員に近い給与で校長職に就く場合も多いものです。総人件費で見ると、管理職の給与が半減します。経営面で見れば、退職管理職を残しておくことの経営的メリットは甚大です。つまり、給与半減でも働きます!という管理職のために教育の安売りが維持されるのです。教育ダンピングとは恐ろしい。

管理職の自分の首をしめる教育ダンピングは後進の先生を大いに苦しめる

一番の問題は、市場原理に偏りすぎた行政の問題があります。
退職管理職が居座りつづけ、給与半額という教育ダンピングをする経験豊富な管理職。
かたや新人管理職で未経験、給与は2倍とる。
経営的にどちらを採用しますか?
間違いなく前者です。
こうなると、いつまで経っても後進の管理職の先生方のポストが空きません。

労働を市場に任せる(資本主義に任せる)とどうしても労働のダンピングがおきます。
昔は組合で守られていた(利権維持ともいわれましたが)ことが、今や守る力が弱まりお上の意思通りになっています。私は組合を支持するわけでも、お上を支持するのではなく、目の前の子どものために自分のできることをするのみです。

子どものために熱心にDVDを作り続けた先生は、労働時間も長いでしょう。長くかけた時間だけ、保護者ウケもよいでしょう。従って、教育ダンピングを取り続けるほど管理職になりやすく、この安売り構造は維持されていくことでしょう。

華丸からの教育ダンピングによる提案

さいしょのふっちょさんのつぶやきはこれからも教育現場でずっと起きるでしょう。改めて投稿を見てみます。
通知表を渡す段階になって、教員の暴走が始まった

「クラス全員に一人ずつ手紙を書く」「学級の思い出のDVDを作る」「撮りためた写真で一人ずつの思い出アルバムを作る」

その中で通知表を入れた自分に同僚が

「子供を大切にしていたら、自分にできることを精一杯するはずなんだけどね、寂しいね」
私は、全部取り組んだことがある実践です。今年も時間がありましたので取り組みました。
急に暇ができて、思いつきでこういった取り組みを強制しようとする教員に対しては、伝える場合もあります。
「思いつきで急に金銭や時間が膨大にかかることを言わない!」
すごく不満顔になるでしょう。

時間があるときなら、私は次のように対応します。
「1年の思い出のカードを作りましたので、学年分用意しておきました。よろしければ、使ってください。」
みなさんの個々の状況の中で関わりにくいと感じている人になら
「私は、・・・を作ろうと思って用意しました。今年は私はこの実践をするつもりです。印刷すればすぐ使えるのを先生方のお机の上におきました。またお時間があれば使われるか、来年度以降機会があれば使ってください。」

自分の身勝手や思い込みのエスカレートで、教育ダンピングしたくなることは私は、あります。
だからこそ、他の先生方への負担が最小限もしくは、負担にならないように自分が責任を持って用意をして配れば終わるまでダンドリをします。それができないなら、私は、この教師修行、手段の目的化はしません。
 
大切なことは、どの立場にいる人に対してもあまりきついことは言わないことです。
私も厳しいことを言うことがありますので自戒のための作文として本記事を作成しました。
登場する事例は全て虚構で関連する団体すべてフィクションであることをご理解ください。 
私は、毎日平和で楽しい教師ライフを過ごします。皆様もそうなりますように! 

今、私は子どもに会いたい。それを抑えて徹底的に手洗い、うがい、人に近づかない

2月までに授業は十分に教えきる快挙を成し遂げたけれど・・・

 私ももちろん想像できなかった急な休業。今まで、子ども達と楽しく過ごしてきた日々が、突然終わりを迎えました。最近は、子ども達と会いたい思いがはちきれそうになりました。
職場でおしゃべりも悪くはないけれども、つい別の部屋で仕事の整理。
2冊目の本、原稿頼まれていた仕事を夜と年休にこなす日々。始業時間は掃除にお手伝い。
この数日は年休をとっても、ひたすら6時間カフェで原稿を書いていました。
学ぶことも楽しい!でも、子どもを教えてこそ価値がある。
蛍雪の時間と割り切っていたのもそろそろ限界です。

政府の対応はありだと思う。

首相が言った、専門家が言った
急すぎる
全員検査しよう。
いい放題の夜のニュース番組。
一理あります。
でも、小学校の先生はその斜め下をいきます。
真面目であることは間違いない。
ツイッターを見ていても、謎の教育屁理屈・・・。
いえいえ、もう少しエビデンスも必要と思います。
公衆衛生でも勉強すればいいのに。
「あなた、雀と同じ媒介者ですよ。」
パンデミック宣言が出た今でも、変わらない人は変わらない。
徐々に分かってきた新型コロナの対応もあります。
基本はこまめな手洗いと触った場所に留意すること。
ですが、このように状況が毎日コロコロ変わるときに子どもが学校に来るのは危険です。
まさに教師の力量というべき学級ごとの差が開くでしょう。
手洗いを見ていても、15秒はできれば30秒は流水でしっかり揉み洗い。
していません。アルコールをつけて手をもむのもいいでしょう。
でも、固定電話の受話器を毎回ふかない。
電話の前にアルコールで拭いているのを見れば、意識の低い人から見たら「潔癖症」「意識高い病」「嫌味かな」
「手をもう少ししっかりと洗ってください」言葉にしようものなら、揉めるでしょう。
私でもカチンときます。しかし、こういった怠りや自分は大丈夫という慢心するものが職場にいれば、かかれば一気に広がるでしょう。そこに子どもを含めてはいけない。

新卒の先生にも不安を抱く

大学を出たての先生はさらに人による差が激しいことでしょう。加えて4月から多忙な時期。
子どもを何年か指導しないと、子どもを第一に考えることは気持ちでは分かっていても、行動としてはわからないでしょう。
さらに気になることは、
自粛してはいけない病が陰で蔓延しています。バレなければ、ジムに行っていい、飲み会をしていい。
やはり危ない。若いときはそういうこと考えることもあります。職場の先輩に誘われたら断れるでしょうか?あの兵庫のいじめに似た状況がおきる。そういったお付き合いの中に曝される新卒の先生。
言い訳をたくさん用意して逃げてください。
「彼氏とケンカをしていて」
「緊張しすぎてお腹がいたくて」
「家族が病気で(高熱で・・・)」
嘘も方便です。
あなたやこれから教える初の教え子との出会いを最初からめちゃくちゃにしないように、今から気をつけましょう。2週間後に発覚です。うっかりとした過去の行動が、一生のトラウマになる後悔に変わることもあります。


教育賞受賞は嬉しい

 今年もあとわずかとなり、ふと訪れた教育賞受賞のお知らせ。素直に嬉しいものですね。
教育論文は、ただ作文だなぁとつくづく思います。
私の場合は、再現性が高くなるように若手教員と一緒に行うようにしています。
論文の再現性の一定の担保となります。
論文を書く時間を考えると、自分の思い込みを書いて受賞するよりも論文の再現性と経験の浅い教員への指導をかねた実践を行わないと割りが合いません。
統計や実験デザインが大事といくら職場で唱えても、教職大学院を出ている方の半数が理解すればいいところです。現場の教員が半数を占めてもオッケーな専門職大学院の弊害ですね。

賞を取ると変わること

他の地域からも問い合わせがきます。
本の依頼などはこないですね。本は別のルートからきます。
同僚の本音が垣間見えます。読みましたの一言ももらえる。
そういったアクションのある人と付き合いたいものですね。
この2年ほどで3つは受賞したので、そろそろ控えていきたいところです。
賞状をとった自分がすごいのではなく、子どもがすごいという部分が薄れなければ、自分に受賞する権利があると思います。自分の勘違いを生まないように気をつけなければいけません。

日々の教育実践で精一杯のあなた

 ぜひ、同じ教員のレベルの人ではなく、大学教員や名前のある出版社から本を出している人とつながってきましょう。新たな視点が得られるはずです。
最近、成績つけテクニックの記事を止めています。日々精一杯のかたは、ぜひ過去記事を読みましょう。さらに高みをつけたいあなた。お助けしますよ。気が向けばtwitterのダイレクトメッセージも返します。
一緒にがんばりましょう。
受賞でとっても嬉しい年末になりました。
読者のみなさんともいい教育実践企画ができればと思います。
楽しいお便り楽しみにしています。 

所見で毎年頭を悩ませない方法

 数年ブログを続けていると、大きな成長をとげる先生とそうでない先生がはっきりしてきます。
私は、子どもの成長や学力を把握できている実感がでて、その中で所見をどれにしようか考えるようになっています。若い頃に付き合いのあった先生方も教育研究所(センター)、大学院生と教員の両立をしながらこなしています。所見で毎年頭を悩ませないことがまず第一です。

所見で頭を悩ませないためには、ダンドリが大切です。

 子どもの様子を日々観察していれば、それほど大変ではない。
これが真実です。でも、どうすればいいの?それに子どものうちの数人はどうしても所見が書きにくい。
あるあるだと思います。

まずは、子どもから聞き取る

「最近、学習でがんばっていることや楽しいことってどんなことがある?」
ズバリ聞いてみましょう。うまく答えられないときには自尊心がそれほど高くない可能性があります。
即答できなくて当たり前。切り替えていきましょう。
次は
「・・さんって最近・・・頑張っているよね」
・・さんの友達に声をかけてみます。そうするとワラワラと話がでることもあります。友達は先生よりよく見ている。これは高学年あるあるです。

心の通知表も活用しましょう

子どもの様子を聞き取るアンケートを実施して、そこからたどる。確かに・・頑張っていたなぁという先生の共感ポイントが見つかれば、所見はかけます。

行事リストから記憶をたどる

作品展、学習発表会、運動会など月ごとの行事をならべてそこから記憶をたどります。
これはオーソドックスでベテランの先生がよくしていますね。

もっと具体的に所見の書き方テクニックを教えてよ

以下の記事でかけます!大丈夫、たいへんな所見作成にも終わりはあります。無理せず楽しい年末になりますように。華丸より










 

教師の不登校対策

 また、あの職員室であの人と会うのか。なんて考えていると気が落ちていきますね。そのようなときは、自分だけのプチ変化を作り出しましょう。

学校に行くのが嫌なとき、わたしがすること

 学校に行くのが億劫なときには、休みの日の間に少し決め事をします。

私が不登校気分のときにすること

1.少し早めにいって喫茶店でお茶をしながら本を読んでから勤務する。
→本や新聞、雑誌が面白くて気持ちがそれて、仕事もすっきり割り切れるときがある。

2.はやめに勤務して公園でコンビニスイーツとコーヒーのセット
→小鳥や季節の移ろいで遠足気分です。もしくは、仕事前にこんな楽しいことをしていいのか(笑)という背徳感

3.早めに職場に行って、リビング気分
コーヒーを淹れて、ストレッチをしてyou tubeをみれば、もはや家と変わらない。
こっそり電気湯沸しを教室に隠しておくのがオススメです。

割と後悔する。してはいけない方法

放課後から遅くまで職場にはりつく。職員室や教室で謎の嫌な雰囲気。派閥を感じる。
遅くまで残っている人たちは、家に帰ってからそれほどすることがない人です。
このような人と付き合うと、お酒、愚痴、教育論、派閥争いに巻き込まれることもあります
本当に大事にすべきは、家庭、友情、自己実現、生活。
時間の使い方を大切にしない人たちに時間を奪われないようにしましょう。
職場の付き合いと友情は別です。
時間を忘れるほど楽しい放課後であったとしても、それは幻想です。私立でもない限り、人間関係は毎年変わります。一緒に組むまでは最高にいい人と思っていたのに、一緒に組むと微妙になる。これはよくあります。仕事の利害が絡む関係は友情とはいわないのです。本当に大切にしていることに時間が捧げられますように。
まずは、ご自身が気を詰めず、楽しく生きていくことに時間をかけていきましょう。
明日は火曜日です。金曜日まで1日減りました。
楽しい学校生活を!





 

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